母と娘から教わった日

母と娘から教わった日

犬317

◎母と娘から教わった日
(ガツンときたこと忘備録。過去最長文かも&身内の話)

昨日は珍しく母とも娘ともじっくりと話す機会があった。

母とは絵について。母は日本画作家なのだが、今から思えば絵について詳しく語った事はなかったと思う。

ナレーションについて相談をしていたら、母が絵の話をしてくれた。母は絵も音楽なのだと言っていた。物語があり感情がありバランスがあり間もあり、つまりは音楽なのだと。そして大きな賞をとってから次の賞をとるまで、8年間の年月がかかってしまったことも話してくれた。

歳はその間に50代から60代になっていた。その間、何を書いていいのかずいぶんと悩んだこと、時代の流れにあった絵を描いたほうがいいのかと考えたこと、それでも自分らしい絵を描き続けたこと、気持ちが乗っているときは大きな絵でもあっという間に書き上げてしまうけれど気持ちが乗っていないときはどんなに頑張っても書き上がらないこと、書いていない時もずっとずっと頭の中は次の絵の題材でいっぱいなこと。

1人で家で描いているときに分からなくても、作品展で多くの人と並べられて比較することで気づくことも沢山あること。話の全ては書ききれないけれど、いちいちナレーションと重なることが多すぎて、深く深く深く頷いてしまった。

響きまくった。私は、心から母を尊敬している。が、昨日じっくり話してますますその思いが強まった。話しているようでいて、本質的な話は、実はあまり話していないことにも気づいた。もっともっと母とゆっくりと話をしよう。

 

一方で、娘とも、これまたじっくりと話をした。

娘とは書道の話。昨日は、八段試験の日で、「わたしと習字」という作文を書くことになっていた。何を書いていいかわからないと言うので、ここはインタビューで引き出そうと、どういう瞬間が楽しいのか、どんな賞が嬉しかったのか、とめや払い等で得意なところはあるのか、などなど質問攻めにした。そしたら娘は、わかんないの一点張りで、終いにはママの質問は全部難しいとキレた。私は何も難しい質問はしていないのにと、頭の中が?でいっぱいになったのだが、続けて娘の口から出てきた言葉はこうだった。

「教室に行って教えてもらってかけるようになって帰ってくる。その一回一回が楽しかっただけ。どうすると上手くなるのかを教えてもらうとワクワクする。続けているうちにたくさん賞もらっただけで、周りに勝ちたいとか周りと競争するために頑張ったわけじゃない。だから、友達が賞をとってもちっとも気にならなかったし、次こそ絶対賞をとってやると言っている友達の言葉も、全然ピンとこなかった。自分がもらった賞も嬉しかったけど別にそこを目指していたわけではないから、どれが嬉しかったかと言われても覚えていない。ママの質問の意味が全くわからない。」

親バカだが、私は娘の言葉に感動した。ただ大好きなことを続けていたら、後から結果がついてきただけ。娘にとっての賞は、歩いてきた足跡であって目指していたものではなかったのだ。

毎年書き初めには軽く100枚以上書き続ける娘を、私は勝手に『今年も賞を目指しているのかな』と思って眺めていた。すごい根気だなぁとただただ感心していた。陸上も本気の頑張りを見せるので、負けん気が強いのかと思っていた。が、大間違いだった。

娘の本質を見誤っていた。

親として恥ずかしい。彼女は好きなことに本気で向き合い自分と闘っていただけだった。

常々、育てつつも、この子の魂は私よりキラキラだなとふと感じることがあったのだが、今回もそう思った。預かって育てさせていただいてるのかもな、そう思った。私のお腹の中からでてきたんだけど、でもやっぱりそう思う。
娘には、「今のあなたの言葉をそのまんま作文に書けば?ママはあなたを人として尊敬するよ」と伝えた。

そんなわけで、私は、母からも娘からもガツンと学ばせてもらったって話。私も、母と娘に胸をはれる自分でありたい。

 

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